
一緒に「乾杯」からはじめませんか
頑張りすぎて、心が限界を迎えてしまうとき、
「もう無理、これ以上は頑張れない……。」
「できない私はいない方がいいの…?」
そんな言葉が頭をよぎっていませんか?
毎日限界まで頑張り続け、心がすり減って動けなくなっているあなたへ。
はじめまして。居酒屋カウンセラーの「さくら」です。
実は、今でこそこうして活動している私も、
かつては人のために頑張りすぎて自分の感覚を失い、
弱音を吐くこともできず
深い鬱(うつ)の底で「消えたい」と願い続けていた当事者でした。
よろしければ、少しだけ私の物語に耳を傾けてみてください。
子どものときから認められることだけが
私の存在価値だった
私の生きづらさは幼少期からでした。
祖父と父が共に職人の厳しい家庭に育ち、親に認められたくて必死に努力し、良い行いをして、良い成績を収めていたので、大人は褒めてくれました。
でも私は心のどこかで「ありのままの私」ではなく、
「期待に応える都合のいい私」が褒められているような気がして、
本当には喜べませんでした。
小学校では、注目を浴びたくてつい嘘をついてしまったことをきっかけに、
いじめられる経験もしました。
仲間はずれにされた場面や、休み時間遊ぶ人がいない孤独な日々を思い出すと、
今でも胸が苦しくなります。
中学、高校、大学へ進んでも、
意見が別れる場面では、どちらもわかる気がして、
自分の意見はありませんでした。
相手の顔色を伺い、違う意見を言うことは
「嫌われたら、また孤独になるかもしれない…。」と
怖くて言えませんでした。
周囲が求める「良い行い」に自分を当てはめ、
大人になる頃には
「周りを気遣い、誰とでも仲良くできる人」
「よく気がつく素晴らしい人」が出来上がっていましたが、
その心は、誰にも弱音を吐けず、いつ崩れてもおかしくないほど張り詰めていました。
頑張っているのに報われない
すべてを背負い込み苦しんだ教員時代
25歳で小学校の非常勤講師になった私は、理想に燃えていました。
毎日何か改善できないかと教育雑誌を読み漁ったり、
黒板の書き進め方を研修したりと
必死に頑張っても空回り…
もがき苦しみ、独りになれば
「私は何もできない。」
「他の人には学級崩壊してる、と言われているだろうな…。」と、
自分ができないことばかり考え続け、
「どうしたらいいか分かりません。助けてください。」
と弱音を吐くこともできずに心も身体も限界。
仕事中は明るく振る舞いましたが、心の中では消えてしまいたい気持ちで毎日を過ごし、
気づけばうつ状態になっていったのです。
現実はクラスは学級崩壊状態になってしまい、
「私はダメなんだ」と自分を責め続けるようになりました。
藁をも掴む気持ちでカウンセリングを受ける中で、
私は初めて自分の心の中にあった悲しみに気づきました。
私は「長男」を期待された家庭に生まれました。もちろん両親は私を育ててくれました。
でも幼かった私は、どこかで
「私は望まれて生まれたわけではないかもしれない。」
そんな寂しさを抱えていたのです。
だからこそ
「役に立たなければ愛されない」
「認められなければ生きる価値がない。」
と思い込み、一生懸命”いい人”を続けてきたのでした。
(今では、両親がどうしてそのようにしたかが分かり、一生懸命育ててくれたことに感謝の気持ちでいっぱいです。仲良く過ごしています。)
その後、正採用となり特別支援教育の世界へ進みました。
そこには、自分の気持ちをまっすぐ素直に表現する子どもたちがいました。
私は、そんな子どもたちとじっくり向き合う時間に、
「ここなら自然体でいられる。」と
ありのままでいられることの安心と、心が通じ合う喜びを感じたのです。
このときから、退職までこの世界で過ごすことになりました。
やがてコーディネーターや教務主任の重責を任されるようになり、
周囲から評価されることも増えていきました。
しかしその一方で、私はまた”人の期待に応えなければいけない自分”に戻っていきました。
職場の人間関係の調整、保護者など、対応に追われ、休日や夜間も鳴り響く携帯電話。
「断ったら信頼を裏切ってしまう。」
「自分がやれば丸く収まるなら……」
そう思うと、プレッシャーで胸が締め付けられるのを感じながら、
「役に立たなければ、ここにいてはいけないんじゃないか。」
と自分の存在意義を見出すために、必死に奔走する日々。
誰も目を向けていない「組織の隙間」の仕事まで引き受け、全て一人で抱え込んでいました。
また、周りの人のの何気ない言葉に深く傷つき、毎日、また責められるんじゃないか、と不安で胸が張り裂けそうになっても
「私はまだ足りない。もっと頑張らなければ。」
「これは神様が私に必要だから与えている試練なのだ。」
と、さらに頑張り続けました。
そしてある日、お風呂の温かさも、食事の味も感じなくなりました。
まるで、自分の自分の人生を誰かが代わりに生きているような感覚でした。
再び私の心は深い闇へと沈んでいったのです。

カウンセリングとコーチングとの出会い
安心して歩みはじめた新しい人生
暗闇の中で出会ったカウンセリングとコーチングを通して、
私は生まれ直したような気持ちで、人生を歩き始めました。
セッションの中で、過去の記憶が
「あなたが生まれてきてくれて、みんなが幸せ。そのままのあなたが大好きだよ。」
と、全力で受け入れられる温かいものへと代わりました。
「私は、生きていていいんだ。」
私の頑なだった心が溶けて、安心と喜びの涙が止まりませんでした。
生まれて初めて自分を認めることができたのです。
さらにコーチングでは、毎日できたことをノートに書き出す中で
少しずつ自分を認めることができ、体と心の感覚も戻ってきました。
そこから、
「間違えたら直せばいい。失敗は挑戦した証。」
と思える、前に進む勇気の芽が出始めました。
このように、どんな状態も否定せず、ただ寄り添ってくれる存在のおかげで、私は本当の自分を取り戻すことができたのです。
そして、できない自分も受け入れることができた、今なら分かります。
人は孤独ではなく、愛されている存在であること。
できないことは人の力を借りて生きていっていいということ。
また、周りの人には私をおとしめる気持ちはなく、
私が悪く受け止めて、自分で自分を苦しめていたこと。
今となって私は、この闇の底にいたときに、カウンセリングや寄り添ってくれる人に出逢えたことを、本当にラッキーだったな、と思っています。

いつも私の根底にあった「寄り添う力」
そして自分を取り戻したとき、私はずっと「人に寄り添うこと」を大切に生きてきたのだと気づきました。
私の祖母は、ずっと独り言を言い続けている近所の人を家に招き入れ、お茶を出してただ静かに話を聞いていました。
「みんな違ってみんないい」という私の素地は、ここで育っていったのだと思います。
中学生の頃には、 いじめられていた同級生の家へ通い、
いろんな話をしたり、一緒に勉強したりするうちに、その子は自信を取り戻したのか、
修学旅行のバスの中、みんなの前で堂々とカラオケを歌いきったときの笑顔は、今でも私の宝物です。
特別支援学校では、言葉でのコミュニケーションが難しい子どもたちと笑顔で関わる中で、言葉ではない心のつながりを、たくさん教えてもらいました。
他害を繰り返す子が、心の通う関わりの中で魔法がかかったように落ち着いていく経験もしました。
気付けば私は、さまざまな個性を持つ子どもたち、そして悩める保護者の方々、また学校や行政職員に出逢い、その心に寄り添い続けてきました。
一緒に「乾杯」からはじめませんか?
私もあなたと同じように、人の期待に応えようとするあまり、
自分の本音が分からなくなった時期がありました。
だからこそ、頑張りすぎてしまう苦しさは、よくわかるつもりです。
あなたが抱えている苦しさに、寄り添いたいと思っています。
もう、一人で全てを背負い込まなくて大丈夫ですよ。
そんな思いから、私はホッと安心できる“居酒屋”のような場所で、
本音を語り合い本当の自分を取り戻す
『居酒屋カウンセリング』
を始めました。
居酒屋といっても、お酒を飲む場所という意味ではありません。
肩の力を抜いて、本音を話せる安心の居場所をイメージしています。
ホッとできる飲み物を片手に、心に重い荷物を抱えながら頑張っているあなたと
「今日もお疲れ様。」
「本当によく頑張ったね。」
そんな風に、お互いの人生にエールを送り合う場所です。
あなたが抱えているその荷物を、ここにそっと下ろしに来てください。
まずは、お互いの健闘をたたえ合って。
一緒に心のグラスを合わせて、「乾杯」からはじめませんか?


